構造設計を取り巻く技術や設計基準は、日本国内だけでなく世界各国で日々変化しています。
特に近年では、地震に対するレジリエンス、制震・免震技術、高強度材料、AIやBIMなど、国内の構造設計実務にも関係する技術開発が海外で進んでいます。
構造設計.comでは、今回から海外の構造設計に関するニュースや技術動向の中から、日本の構造設計者にとって興味深いものを定期的に紹介していきます。
今回は、2026年8月第1週に海外で話題となった情報から、特に注目したい4つのテーマを紹介します。
1.インドで「制震ダンパーとアクティブ・マス・ダンパー」をテーマとした技術講演
インドの構造技術者コミュニティであるStructural Engineering Forum of India(SEFI)は、8月8日に「Smart Structures with Energy Dissipation Devices」をテーマとした技術ウェビナーを開催しました。
テーマとなったのは、**Seismic Dampers(制震ダンパー)とActive Floor AMD(Active Mass Damper)**です。
Structural Engineering Forum of India(SEFI)
地震時に建物へ入力されるエネルギーに対して、柱・梁などの主要構造部材だけで抵抗するのではなく、ダンパーなどのエネルギー吸収機構を利用して応答を低減する考え方は、日本でも広く採用されています。
一方、AMD(Active Mass Damper)は、センサーによって建物の揺れを検知し、制御装置によって錘(マス)を能動的に動かすことで建物の振動を低減するシステムです。
構造設計者として注目したいポイント
今回興味深いのは、海外でも単純な「耐震」だけでなく、建物の応答をどのようにコントロールするかという考え方が重要になっていることです。
日本の建築基準法における耐震設計では、大地震時に建物が倒壊・崩壊しないことが重要な設計目標となります。
しかし、データセンター、病院、高層建築物などでは、地震後も建物を継続使用できることが要求されるケースがあります。
今後は「倒壊しない建物」だけでなく、地震後の機能維持まで考えた構造設計が、さらに重要になっていくと考えられます。

2.米国ではGrade 80・100の高強度鉄筋利用が進む
米国のInternational Code Council(ICC)では8月5日、ACI 318-19におけるGrade 80およびGrade 100の高強度鉄筋をテーマとした技術ウェビナーが開催されました。
ICCによると、近年の研究成果を背景として、より高強度の鉄筋をRC構造物に使用できる範囲が広がっています。
International Code Council(ICC)
米国のGrade 80は降伏強度約550N/mm²、Grade 100は約690N/mm²に相当します。
高強度鉄筋を使用することで、必要鉄筋量を減らせる可能性があり、特に高層建築物の柱や耐震壁など、配筋が過密になりやすい部分ではメリットがあります。
ただし、鉄筋の強度を上げれば単純に構造性能が向上するわけではありません。
RC構造では、
- コンクリートとの付着
- 定着・継手
- ひび割れ
- 変形性能
- 柱・梁接合部
- 塑性化する部位の靱性能
などを総合的に考える必要があります。
日本の構造設計との関係
日本でもSD490などの高強度鉄筋は使用されていますが、海外でさらに高強度の鉄筋利用が一般化していけば、日本でも材料の高強度化が進む可能性があります。
特に超高層RC造では、コンクリート・鉄筋ともに高強度化が進んでいます。
今後は「強度を上げる」という方向だけでなく、高強度材料を使用しながら、いかに靱性や施工性を確保するかが重要なテーマになりそうです。

3.米国では組積造でも「最低基準を満足するだけではない耐震設計」へ
8月5日には米国のInternational Masonry Instituteでも、組積造の耐震設計をテーマとした「Resilient by Design: Seismic Principles for Masonry Structures」が開催されました。
講習ではIBC(International Building Code)とTMS 402/602をベースとして、
耐震設計カテゴリー、補強組積造、靱性、配筋、アンカー、接合部などが建物の地震時性能にどのように影響するかが取り上げられています。
特に興味深いのは、
「最低限の建築基準を満足すること」と「地震後の建物性能を確保すること」は必ずしも同じではない
という考え方です。
これは日本の構造設計でも非常に重要です。
建築基準法で要求される耐震性能を満足していても、大地震後に建物が無被害でそのまま使用できることまで保証されているわけではありません。
建物用途によっては、法令上要求される耐震性能に加えて、
「地震後にどの程度損傷を許容するのか」
「建物を継続使用できる必要があるのか」
という性能設計の考え方が重要になります。

4.米国の構造設計者団体では「構造設計事務所の将来」も議論
技術そのものとは少し異なりますが、8月5日にワシントンD.C.でCoalition of American Structural Engineers(CASE)のSummer Meetingが開催されました。
ここでは構造技術だけでなく、
構造設計事務所の経営、リスク管理、リーダーシップ、今後の構造設計業界が直面する課題
などが議論されています。
構造設計業界では近年、BIMやAIなどのデジタル技術が急速に発展しています。
単純な計算作業や図面作成などについては、今後さらに自動化が進む可能性があります。
一方で、
「どのような架構形式を採用するか」
「どこまでモデル化するか」
「解析結果が妥当なのか」
「施工性やコストまで含めてどの案を採用するか」
といった構造設計者の工学的判断は、今後も非常に重要です。
実際、海外の構造技術者向け専門誌STRUCTURE Magazineでも最近、AIを構造設計実務に導入する際にEngineering Judgment(工学的判断)をどのように維持するかが議論されています。
構造設計業務のデジタル化は、「構造設計者が不要になる」というより、構造設計者が行う仕事の内容を変化させるものと考えた方がよいのかもしれません。

今週のまとめ
2026年8月第1週の海外情報を見ると、構造設計分野では、
① 地震に耐えるだけでなく、ダンパーなどを利用して応答を制御する
② 高強度材料によって構造部材を合理化する
③ 法令上の最低基準だけでなく、地震後の建物性能を考える
④ AI・BIMなどを利用しながら構造設計者の工学的判断を維持する
という方向性が見えてきます。
一見するとそれぞれ別の話題ですが、共通しているのは、構造設計が単純な「許容応力度や保有水平耐力を満足させる作業」から、建物に求められる性能をどのように実現するかを考える仕事へ広がっていることではないでしょうか。
日本でも、免震・制震、高強度材料、BIM、AIなどの利用はすでに進んでいます。
海外でこれらの技術がどのように利用され、設計基準や構造設計者の役割がどのように変化しているのかを継続的に追うことは、日本国内で構造設計を行う上でも参考になると考えられます。
※本記事は2026年8月2日~8日頃に海外の構造設計関連団体・専門メディア等で公開された情報をもとに、構造設計.com編集部が日本の構造設計実務との関係を含めて要約・編集したものです。

