令和8年熊本地震の現地視察で熊本県を訪れた際、少し変わった構造のコテージに宿泊する機会がありました。
外観は丸みを帯びたドーム形状で、一見するとテーマパークの建物のようにも見えます。
しかし構造設計者として非常に興味を引かれたのが、この建物の主要な構造体に特殊な発泡ポリスチレンが使用されているという点です。
発泡ポリスチレンと聞くと、一般的には梱包材や建築物の断熱材として使われる「発泡スチロール」をイメージするのではないでしょうか。
ところが、ジャパンドームハウス株式会社が開発するドームハウスでは、特殊な発泡ポリスチレンそのものを構造材として利用しています。同社によれば、日本で初めて「発泡ポリスチレンを構造材としたドーム型建造物」として国土交通大臣認定を取得しています。
今回、実際にこの建物に宿泊してみると、単に珍しい材料を使った建築というだけでなく、
「非常に軽い材料」と「ドームという合理的な形状」を組み合わせた構造システム
として、今後の建築への可能性を感じました。
今回は実際に宿泊した感想も交えながら、構造設計者の視点でこのドームハウスについて考えてみたいと思います。

発泡ポリスチレンを「構造材」として使用する
このドームハウスの最大の特徴は、やはり発泡ポリスチレンを主要な構造材料として使用していることです。
通常、建築物の構造体といえば、
木材、鋼材、鉄筋コンクリート
などを思い浮かべます。
これに対して、このドームハウスでは厚さ20cmの特殊発泡ポリスチレンが使用されています。同社によれば、表面には劣化を抑えるための加工も施されています。
さらに、同社は地震、風、積雪などに対する性能試験等を行い、特殊発泡ポリスチレン製ドームハウスについて国土交通大臣認定を取得しています。
構造設計者として興味深いのは、一般的には「断熱材」として認識される材料に必要な性能を持たせ、建築物の構造体そのものとして成立させていることです。
ただし、同社も製品のタイプ・仕様・建築場所によっては別途構造材が必要になる場合があるとしていますので、すべてのドームハウスが発泡ポリスチレンだけで成立するという意味ではありません。
「軽い」ということは耐震設計上大きなメリットになる
構造設計者として特に注目したのが、構造体の軽さです。
同社によれば、ドームハウス1棟分に使用される発泡ポリスチレンの重量は約970kgとされています。
これは建築物の構造体として考えると非常に軽量です。
地震時に建物に生じる慣性力は、基本的には建物の質量と地震時の加速度に関係します。
単純化すれば、
地震時慣性力 = 質量 × 加速度
です。
つまり、同じ加速度を受けるのであれば、建物が軽いほど発生する慣性力も小さくなります。
一般的な耐震設計では、大きな地震力に対して柱・梁・耐力壁などによって抵抗します。
それに対してこのドームハウスは、
「強い構造体で大きな地震力に抵抗する」だけでなく、「構造体を軽くすることで、そもそも発生する地震力を小さくする」
という側面を持っています。
同社も、極めて軽量かつ低重心であることを耐震性能上の特徴として挙げています。
これは構造設計上、非常に合理的な考え方です。
ドーム形状と材料特性を組み合わせる
もう一つ重要なのが「ドーム」という形状です。
一般的なラーメン構造では、床・屋根に作用する荷重を梁から柱へ、さらに柱から基礎へと伝達していきます。
一方、ドーム構造では、曲面全体を利用して荷重を伝達することができます。
形状や荷重条件にもよりますが、ドームは鉛直荷重に対して面内の圧縮力を主体として抵抗させることが可能で、材料を効率よく利用できる形状です。
発泡ポリスチレンは鋼材のような高い材料強度を持つ材料ではありません。
しかし、
軽量な材料 × 圧縮力を利用しやすいドーム形状
という組み合わせにすることで、その材料特性を活かすことができます。
実際、同社も発泡ポリスチレンの圧縮特性とドーム形状を積雪に対する性能へ利用していると説明しています。
構造設計では「強い材料を使う」ことだけが合理化ではありません。
材料の特性に合った架構形式を選択することによって、比較的弱い材料でも構造体として成立させる。
このドームハウスの面白さは、まさにそこにあると感じます。
室内から見ると構造の特徴がよく分かる

今回実際に宿泊して、特に興味深かったのが室内です。
外観だけを見ると、ドーム型の少し変わったコテージという印象ですが、室内から天井を見ると、壁から天井まで曲面が連続していることがよく分かります。
一般的な建物のように「柱」「梁」「壁」「屋根」が視覚的に明確に分かれているのではなく、シェル状の外皮そのものが空間を構成しているという感覚があります。
また柱がないため、外観から想像するより室内には開放感があります。同社も、柱のない広く開放的な内部空間を特徴の一つとして挙げています。
実際に一晩宿泊してみても、「発泡ポリスチレンでできた建物」という特殊さを意識する場面はほとんどありませんでした。
むしろ構造設計者としては、
「この空間を非常に軽量な構造体によって成立させている」
という点の方が印象に残りました。
構造体が断熱材を兼ねている
もう一つ面白いのが、発泡ポリスチレンそのものが断熱性能を持っていることです。
同社の標準的な仕様では、特殊発泡ポリスチレンの厚さは20cmとされています。
一般的な建築物では、
構造体
↓
下地
↓
断熱材
↓
内外装仕上げ
というように、複数の材料にそれぞれ異なる役割を持たせます。
これに対してドームハウスでは、主要材料である発泡ポリスチレンが、
構造体+断熱材
という複数の役割を担っています。
構造と環境性能を別々に考えるのではなく、一つの材料に複数の機能を持たせるという点も、今後の建築を考えるうえで興味深い部分です。
風荷重に対しても興味深い形状
ドーム形状は風荷重との関係でも興味深いものがあります。
一般的な矩形建物では、風上面で風圧を受け、側面や屋根面などには負圧が発生します。
これに対してドームは連続した曲面となっているため、風が建物周囲へ流れやすい形状です。
同社でも流線型のドーム形状によって風をまともに受けにくくするとともに、脚部を基礎へ埋め込んで固定する構造と説明しています。
もちろん、ドーム形状であれば無条件に風に強いというわけではありません。
実際の構造設計では、建物全体に作用する風力だけでなく、開口部周辺の局部風圧、基礎との接合部、浮き上がりなどを確認する必要があります。
それでも、材料強度だけでなく建物形状によって外力に対応するという考え方は非常に合理的です。
2016年熊本地震を経験したドームハウス

今回現地で特に目を引いたのが、施設内に設置されていた説明板です。
そこには、2016年熊本地震におけるドームハウスの状況が紹介されていました。
現地説明板では、2016年4月の熊本地震の際、宿泊施設として使用されていたドームについて「倒壊被害はゼロ」と説明されています。
ここで注意したいのは、一度の地震で倒壊しなかったことだけをもって、構造物の一般的な耐震性能を証明できるわけではないということです。
地震時の建物応答は、
地震動の大きさ・周期特性
地盤条件
建物重量
建物形状
接合部
基礎構造
などによって変化します。
ただし、実際に大きな地震を経験した建築物が残り、その後も宿泊施設として利用されているという事実は、構造設計者として非常に興味深いものがあります。
そして2026年の熊本地震では「災害対応の拠点」に
さらに今回調べてみて、非常に興味深いことが分かりました。
2026年の令和8年熊本地震では、阿蘇ファームランドのドーム型居住施設が、全国から被災地支援に集まった警察官の拠点・宿泊場所として活用されています。
北國・富山新聞は2026年8月、「『加賀発』ドーム、支援貢献 全国から集う警察官の拠点に」と報じています。
これは構造設計という観点から考えても、非常に興味深い事例です。
災害時には、被災者の避難場所だけでなく、
救助活動を行う警察
消防
自衛隊
医療関係者
自治体職員
など、被災地へ外部から入る支援要員の宿泊場所・活動拠点を確保する必要があります。
大地震後には一般のホテルや宿泊施設も被災する可能性があります。
その中で、軽量で耐震性を考慮した宿泊施設がまとまった棟数存在していれば、平常時には観光施設として利用しながら、災害時には支援活動の拠点として機能する可能性があります。
今回筆者自身が旅行で宿泊した施設が、その直後の地震で実際に災害対応を支える場所として利用されていることを知り、この構造システムの価値を改めて考えさせられました。
「災害に強い建物」から「災害後に使える建物」へ
ここは構造設計者として特に重要だと感じる部分です。
耐震設計では一般的に、
「地震時に建物を倒壊させない」
ことが大きな目標になります。
しかし、災害対応を考えると、それだけでは十分ではありません。
地震後にも建物を使用できること、すなわち**機能継続性(Functional Recovery / Continuity)**が重要になります。
病院、庁舎、消防署、データセンターなどでは以前から重要視されている考え方ですが、宿泊施設にも同じような価値があることを今回の事例は示しています。
平常時には宿泊施設。
災害時には支援要員の宿泊・活動拠点。
このような平時と災害時の二つの用途を持つ建築は、今後の防災計画において検討する価値があるのではないでしょうか。
軽量構造は災害時の迅速な建設にも可能性がある
発泡ポリスチレン構造のもう一つの特徴は施工性です。
ドームハウスは工場で製造された発泡ポリスチレン製のピースを現場で組み立てる方式となっています。1棟分の発泡ポリスチレン重量が約970kgと非常に軽量であるため、運搬・施工面にもメリットがあります。
この特徴を考えると、既存施設を災害時に利用するだけでなく、将来的には、
応急宿泊施設
復旧作業員の宿舎
災害対策拠点
仮設診療所
備蓄施設
などへの応用も考えられそうです。
もちろん、実際に災害用施設として使用するためには、電気・給排水・空調・通信などのインフラをどう確保するかという別の問題があります。
それでも、「軽い」「部材化できる」「短期間で施工できる可能性がある」という特徴は、災害対応建築と非常に相性がよいと感じます。
構造設計者として感じた今後の可能性
今回このドームハウスに実際に宿泊して最も感じたのは、「珍しい形をしたコテージ」としてだけ見るのはもったいないということです。
建設業界では今後、
建設現場の人手不足
建設コストの上昇
施工期間の短縮
建物の省エネルギー化
構造体の軽量化
災害後の機能継続
などがますます重要になります。
もちろん、発泡ポリスチレン製ドームがすべての建築物に適しているわけではありません。
平面計画の自由度、大規模化・多層化、開口部、接合部、耐火性能、長期耐久性、維持管理など、用途を広げていくためには検討すべき課題もあります。
しかし、
「非常に軽い材料を使う」
「材料に適した形状を与える」
「構造と断熱など複数の機能を統合する」
「災害後にも利用できる建築を考える」
という設計思想には、今後の構造設計につながるヒントがあるように感じます。
構造設計では、どうしてもS造、RC造、木造という既存の構造種別の中で考えがちです。
しかし新しい材料を単純に既存材料の代替品として利用するのではなく、
「その材料だからこそ成立する構造形式を考える」
ということが、新しい構造システムを生み出す一つの方法なのかもしれません。
まとめ
今回実際に宿泊したドームハウスは、構造設計者として非常に興味深い建物でした。
特殊発泡ポリスチレンという極めて軽量な材料とドームという形状を組み合わせることで、一般的な鉄骨造・RC造・木造とは異なる構造システムを成立させています。

特に、
軽量化による地震時慣性力の低減
ドーム形状を利用した荷重伝達
構造体と断熱材の機能統合
災害後の施設利用
という4つの点は、これからの建築を考えるうえで興味深い要素です。
そして、2016年熊本地震を経験した施設が存在し、さらに2026年の熊本地震では全国から派遣された警察官の拠点としてドーム型居住施設が活用されていることは、この建築を単なる観光施設とは違った視点から考えるきっかけになります。
実際に宿泊してみた筆者としても、発泡ポリスチレンという、一見すると主要構造材とは結びつきにくい材料に構造材料としての可能性を感じました。
材料の強度だけを見るのではなく、軽さ、形状、施工性、断熱性、そして災害後の利用まで含めて建物全体を考える。
今回のドームハウスは、構造設計の可能性について改めて考えさせられる建築でした。

