高力ボルト接合部において、仮に正規のクリアランスよりもやや大きなクリアランスをとった過大孔や、一方向のみにボルト径の数倍の長円をしたスロット孔の採用が許容されれば、建て方時において部材の製品精度や施工精度を吸収することが可能です。
これらの過大孔やスロット孔の使用は、建築基準法においてどのような扱いとなっているのか解説します。
高力ボルトの標準孔径
建築基準法施行令第68条によると「高力ボルト孔の径は、高力ボルトの径より2mmを超えて大きくしてはならない。ただし、高力ボルトの径が27mm以上である場合は、ボルトの径より3mmまで大きくすることができる。」と規定されています。
上述の径+2.0mm(径が27mm以上の場合径+3.0mm)を高力ボルトの標準孔径と呼びます。
高力ボルトの孔径はボルトの配置の場合と同様に、リベット・ボルトとの置き換えを考慮してリベットの孔径(JIS B1214)に準じて規定されていましたが、実際の施工においてはボルトの施工上の納まり上ボルト呼び径+2mm程度の値が使用されることが多い状況でした。このため、1992年に(財)日本建築センターに設置された高力ボルト孔検討委員会で高力ボルトの適正な孔径の検討が行われ、ボルト呼び径が27mm未満は+2mm、27mm以上は呼び径+3mmに改定されました。
一般的に標準孔径を超える孔径で高力ボルトを施工してはいけない
建築基準法施行令第68条の標準孔径の規定に関する緩和規定はないのが実情です。従って、高力ボルト接合で過大孔やスロット孔を使うことは一般的には法令上許されないことになっています。
過大孔とスロット孔の耐力の低減係数
日本においては建築基準法上過大孔やスロット孔の使用は認められていませんが、ヨーロッパ鋼構造建設会議(ECCS)では認められています。また日本鋼構造協会に設置された高力ボルト孔径検討小委員会において、高力ボルトの種類、鋼材との組み合わせをパラメータとして、過大孔やスロット孔に関する系統的な実験は行われており、すべり耐力の低下の程度は定量的に算出されています。実験結果によれば、母材の孔径がボルト呼び径+6mmまでは、添板が標準孔径の場合のすべり耐力の低下は平均10%以内でした。この結果をふまえ、孔径+4mm~8mmまでは低減係数は0.85と定められています。
以下ECSSに規定されるボルト孔径と耐力の低減係数の一覧になります。
ボルト孔の種類 | 条件(d:ボルト呼び径(mm)) | 孔径(mm) | 低減係数 |
標準孔 | d≦24 d>24 | d+2.0 d+3.0 | 1.00 |
過大孔 | d≦22 d=24 d≧27 | d+4.0 d+6.0 d+8.0 | 0.85 |
短スロット孔 | 長径方向と応力方向が直行のとき 長径方向と応力方向が直行以外のとき | 短径:標準孔径 長径:過大孔径+2.0以内 | 1.00 0.85 |
長スロット孔 | 長径方向と応力方向が直行のとき 長径方向と応力方向が直行以外のとき | 短径:標準孔径 長径:2.5d以内 | 1.00 0.70 |
性能評価を受けて大臣認定を得れば過大孔、スロット孔の使用は可能
性能評価を受けて大臣認定を得れば高力ボルト接合部でも過大孔、スロット孔の使用は可能です。ただ大臣認定を得るためのハードルは非常に高く、一般的な建物において採用するメリットはさほど大きくはないでしょう。
普通ボルト接合部におけるスロット孔の使用は可能
普通ボルトはJISB1051に規定されるボルトのことで「中ボルト」とも呼ばれます。
普通ボルトは高力ボルトと異なり、主に支圧接合によりせん断力を伝達するので、スロット孔に直行する方向のせん断力であれば耐力の低減なしに伝達が可能です。
まとめ
高力ボルト接合部に過大孔、スロット孔を空けることは基本的にはできないことを解説しました。過大孔、スロット孔を使用する機会はほとんどないものの、仮に使用した場合の耐力の低減係数について設計者の方で把握しておくことは必要と考えます。
安易に過大孔やスロット孔の使用をすることなく、設計者として適切な判断を行うことが重要です。